2015/9/18-20 軍艦島・池島旅行

10月くらいに行ければいいねーなんて相談していた軍艦島。8月下旬、ふと見たら軍艦島へ上陸できるツアーが年内ほぼ満席という予想外の事態。急遽1日だけ空いていたシルバーウィーク前日に申し込み弾丸旅行してきました。

1日目 軍艦島

6:55羽田発の飛行機に乗ったのですが、家からでは間に合わず友人の家に泊めてもらって直行。朝から雷雨の不吉な天気。 出発時には天候も落ち着きましたがシルバーウィーク前で検査場が混雑していたため出発が30分ほど遅れていました。 更に長崎駅と長崎空港を取り違えるという痛恨のミスに飛行機に乗るまで気づいていなかったという体たらく。大慌てで長崎空港の観光センターに問い合わせ、タクシーに飛び乗り軍艦島への船の時間にはギリギリ間に合いました。タクシーの運ちゃんも道に迷っていて本気で焦りましたが何とかなるもんですね…ヒイヒイ。 今回は軍艦島コンシェルジュを利用。集合時間には遅れましたが事前連絡したところ出航時間に間に合えばいいと言うことだったので事なきを得ました。ええ、到着したの出航5分前くらいでしたが結果オーライ。 軍艦島自体は歩いて15分もあれば横断できるくらい小さい所です。 実は海が荒れていると上陸できないのですが、今回は無事上陸できました! ただ、実際に回れるのは島の半分にも満たないため、有名な建物がある居住区は外の海から見るしかありません。 コの字型のマンションとか屋上とか、直接見たかったなぁ…。 居住区にある学校は土台が腐っていていつ崩れるか分からないそう。 保存優先度は「護岸」、「生産施設」、次いで「居住施設」となるため、次に来るときまで残っているかは分からないといわれました。軍艦島観光人気は居住区が支えていると思っていたのでなんだか意外。何とか間に合って欲しいものです。 写真でしか見られませんでしたが、島に上陸して正面のマンションのど真ん中に穴を開けて石炭にならない石(ボタ)を海に捨てるベルトコンベヤーを通しています。マンションに穴をあけるってすごいですよね。そういう『軍艦島ならでは』も見られたら良かったんですが、残念ながら残ってません。 あと軍艦島では有名な屋上での植物育成ですが、島に生まれ育った子供にも植物が育つ姿を見せるために行われていたそうで。人工的な場所で育つとそれを知らない子供が育つのか、となんだか目から鱗でした。屋上には水田も作ったそうですが、そちらは維持が難しく三年くらいで止めたそうです。 「命の階段」という炭鉱への道。600メートル以上深いところに秒速8メートルの、壁のないエレベーターで降りたのだとか。 危険な仕事ですが、代わりに軍艦島の住民ほぼ全員が(当時貴重品の)白物家電を買い揃えるなどかなり裕福だったようです。 軍艦島の観光コースは一本道なので一番奥まで案内されたら戻りは自由行動。 思い思いに撮影や観光などしながら、時間までに護岸にある船まで戻ることになります。 今回利用した軍艦島コンシェルジュでは誕生日や新婚旅行のサプライズもやってるそうなので記念に行く方は予約フォームにその旨どうぞ! 当日は海外から新婚旅行に来てた方がいらっしゃって、皆でサプライズのお祝いをしました。数日前に誕生日だったけど、そんなサービスを観光でやってるところがあるとは思わず…。折角なので何がもらえるのか知りたかったなぁ。
池島へ移動
軍艦島ツアー終了後、長崎駅まで路面電車で移動。港から歩き+電車の待ち時間含め、1時間弱かかったかな…? エキチカなようでそうでもないのが軍艦島。 お昼ごはんとして長崎駅のロイヤルホストで佐世保バーガーを食べる。佐世保じゃないけど!ちなみに長崎駅ロイホ限定でトルコライスもありました。 ここから翌日の池島近くの宿泊地まで行くのですが、その宿泊地である大瀬戸港までの路線バスは途中で乗り換え必須。桜の里ターミナルから板ノ浦接続ゆきに乗り、そこから降り口まで長崎から合計3時間ほどだったのですが、このバスの発着所が分かりづらく20分くらい迷いました。結局バス停は駅から駐車場を超えて大通りに面したところにありました。 しかも佐世保から池島までの直行フェリーがあったことを後に知る…どっちが近かったんだろう…。 宿「割烹 若潮」刺身が甘くて美味しく絶品でした! 地元の会社の団体さんと居合わせて、社長さんに「田苑」という麦焼酎をご相伴になりました。非常に美味しかった! ただ、昔ながらの宿なので洋式トイレがなくて、当日腰を痛めてた私としてはちょっと参りました…。 「WEBでの宣伝方法が分からなくて参っている」と親父さんおっしゃってたので、池島炭鉱さるくに朝から参加するならとても便利ですよ、とCMしておきます。大瀬戸港フェリー乗り場が宿から1分かからない距離なのです。

2日目 池島炭鉱ツアー

池島は軍艦島と同じ、炭鉱で急成長した街。エネルギー政策転換とともに閉山し、最盛期に7000人いた島民も今は160人なのだそう。 今となっては猫の方が多いそうな。 どんどんと廃墟へ向かっているポスト軍艦島ですが、残っている島民の皆さんはとても気さくで地元愛に溢れています。 まだマイナーなのか島内の宿も空いてるしゆっくり観光出来るし、行くなら今のうちかも。 佐世保、神浦、大瀬戸からフェリー出てます(詳しくは炭鉱ツアーのページ参照 港を出て島に向かって歩くとこんな木がお出迎えしてくれます。 海に浮いてる『ブイ』を使って、ガイドさんとそのお父さんが作った目が釘付けになる一品。 100年後とか残ってたら呪術とか言われませんかコレ。
池島炭鉱さるく
池島炭鉱ツアー。『さるく』は方言で『歩く』って意味らしいです。 フェリーで池島に着いたらなんとそのまま港の出口で出欠取ってました。さるくツアーはSコースとAコースがあります。フェリーを降りてすぐの場所で、元炭鉱夫だというガイドさんに島の概要を聞いて、研修センターに移動。その後で池島炭鉱の歴史を学ぶビデオを見ます。 予約しておけば、当時の炭鉱夫達が食べていたお弁当も食べられます(別料金/当日支払い) 炭鉱夫として働いていた方の話によると、炭鉱内は熱かったのでオヤツの夏みかんがすごく美味しかったそうな。 普通のから揚げ弁当ですが美味しかったです。 お米が多いので見た目より量は多めです。 トロッコに乗って実際に採掘に使っていた炭鉱へ。(S、Aコースどちらでもトロッコには乗れる) 炭鉱内の木材に生えていた白いもの。雪かと思ったら何と白カビ。 白カビは触っても感触はないのに指にひっついてくるので不気味でした。 ウェットティッシュを持ち歩いてなかったのを後悔しました。 他にも炭坑用のドリルなど一部の機器を全員ではないですが、体験させて貰えます。 ドリルごりごりやりましたが楽しかった。 炭鉱内で一瞬電気を落とす体験もありましたが本当に真っ暗。 鼻から吸った空気を何かで燃やして浄化して口に入れるガスマスクみたいなものがあるんですが、これがまた重かったです。燃やすから非常に熱くなるんだそうですが安全なところまで外しちゃいけない代物だったとかで、逃げる時まで命がけの時代だったのだなと…。なお実際に使われたことは無いそう。 トロッコから外に出るとガイドさん交代して島内ツアーへ。ガイドさん全員が元々働いていた方のようで、当時のつっこんだ話が聞けます。 貴重品を置いていきたくなかったので荷物そのまま持っていこうとしたのですが「すごい歩くよ?!荷物持っていくと後悔するよ?!」とめっちゃ警告されました。結局貴重品と飲み物だけ持って他は置いていったのですが、ほぼ半日休みなく歩くので確かに体力に自信のない方は要注意です。 港側にある水を蒸留する装置。島の水を一気に引き受けており、配管で島の各地に流していたとか。 こんな感じで周りには草が茂り始めていて、廃墟好きにはたまらない風景のスポットです。 蒸留装置から出た配管が島中の建物の周囲に張り巡らされています。 池島名物の八階建てアパート。 エレベーターのない時代の建物だけど、丘に面して斜めに建っており四階より上は上側から入れたので実質は四階建ての扱いだったとか。石炭採掘に入るための穴(第二立坑)の出口が近かったので、屋上で飲み会やお祭りをやっていたそうです。(会社には暗黙の了解で) 島の一番高いところから八階建てアパートを見たところ。 軍艦島ですと建物の中に入れないのですが、池島は軍艦島より新しいので住居の中も見せて貰えます。 屋上の風景。 通常アパートの屋上は壁がないんだけど、八階建てアパートは腰までの高さの壁があったそうで、それで飲み会が出来たんだそうです。 小学校は2015年現在ガイドさんのお子さん1人、先生は担任と校長のみ。 中学の体育館と小学校の体育館は同じ敷地にあるけど、中学の方は現在物置になってるとのことです。 第一立坑 炭坑へ降りるエレベーター、人車などがあります。 下へ降りるエレベーターは壁ではなくお風呂場の仕切りみたいなものしかないので、すし詰めになると壁際の人は背中が壁に当たってたりしていたそう。痛そうだけど事故になるほどじゃなかったのかな。 ドイツ製の人車も乗りました。個室は車両の前後のみ、真ん中は繋がってる間取り。 小さいボックス席みたいなもので、たまに乗るにはいいけど毎日乗るのは大変そう。 運転席に乗っていいよと言われたので遠慮なく乗りました。狭かったけど椅子は快適でした。 こちらも炭鉱へ降りるトロッコ。これも運転席に座らせてくれました。 当日腰を痛めていたので正直乗り降りがとてもしんどかったです。身体が資本のお仕事ですね。 詳細はうろ覚えですが、地下の石炭採掘というのは地下を支える機械と採掘機を稼働させるだけで30億円くらい吹っ飛ぶ大事業だったそうです。それだけにザクザク掘ってザクザク売らないとままならなかった産業だそうな。海外の石炭は地上の石炭を採掘するので地下通路を支える器具などがいらず、それで安かったのだとか。当時の石炭事情はツアー最初の研修センターでビデオを見せてくれるので知らなくても安心です。 池島の人口は年々減少しており、床屋も月に2回出張してくるだけとか。 廃屋が多いのですが、家を売るにも買い手がつかず放置されている、というお話でした。 ガラスが割れた廃墟だらけの商店街に色々と感じるものがありました。 ツアー終了後、「島で一番見晴らしがいい所」として教えて貰ったのが神社の裏道から上へ登る道。 距離でいうと20分ないほどなんですが、写真を撮る余裕がないほどの急斜面を登ります。 上からロープが渡してあるのでそれを使えばなんとか登れますが、帰りが怖かった…。 上からの見晴らし。小さい島なので一望できます。 風の強い日でしたがとても見晴らしがよく、登ってよかった。 しかもたまたま登ってきた別のグループの人と鉢合わせるというすごい偶然もありました。 折角の偶然だったので記念写真を交換して撮りました。 頂上にはサイン帳みたいなものが瓶に入れて置いてありました。 海外の方が旅行先各地にこういうものを置いてネット上で伝言する、一種の宝探しのような遊びらしいです。 友人がたまたまネット上でそれを見ていたのですが、まさかこんなところにあるとは。 記念に書き残してきました。 そうしてツアーと山登りをこなして疲労でフラフラになりながら島内唯一のお店「かあちゃんの店」へ。 早いと17時には閉店とのことでしたが運よく17時半でもあいてました。 餌をやっているらしく、お店の前には猫がいっぱい。 麺が固いかた焼きそば食べたかったんですけどやわらかいやつでした無念…。 味は少し濃い目ですが、量はなかなかなのでお腹は満たされます。 ご飯を食べてひと段落した後で宿泊地の「池島中央会館」へ。ヘロヘロのところ、やっと到着したと思ったら入り口前にいた管理人さんに「今夕陽でてるから見に行っておいで!!」と言われその場で逆戻り 小学校を通り、言われた場所へ走る。ちなみにこの建物、全て無人のアパートです。 シルバーウィーク中でしたがさほど人もおらず、何とも物寂しい風景が続きます。 先ほどの八階建てアパートの前が夕陽の絶景スポット。 何とか間に合って無事に見ることが出来ました。写真では分かりづらいですが、グラデーションもとても綺麗でした。 そこで先ほど丘の上で出会ったグループとまたしても遭遇。更に中央会館の管理人さんも合流して夕陽を沈むまで鑑賞、それから宿泊地へ。 「池島中央会館」は懐かしの学校みたいな施設でした。共用のお風呂は意外と広く、部屋も和室ですが冷暖房完備で快適。冷たいお茶まで準備されていたし。あと調理室があるのでお湯を沸かしたりも出来ます。カップめんを夜中に食べました。

3日目 帰路

池島からの直行フェリーを使い、佐世保へ。 佐世保周辺の観光地を周る時間はなかったのでお土産を買って、長崎空港までは直行乗り合いバスでゴー。 乗り合いバスは人気なので予約したほうが無難らしいです。この日はそれほど混雑していなかったせいか、当日電話予約でも乗れました。 ちなみに軍艦島土産は佐世保駅でもたくさん売っているのでここで買ってもいいと思います。 そんな感じで充実の廃墟ツアーでした。 軍艦島は今人気で予約が取りづらくなっているので、個人で行く場合は早めに計画を立てたほうがいいです。 池島の方が濃くお話も聞けますしゆっくり見れるのですが、個人でハシゴすると移動がなかなか大変なので旅行会社のツアーを利用するのも手だと思います。